京都 2017祇園祭 〜その18・山鉾巡行①〜

7月17日 山鉾巡行当日♪

ピーカンではありませんが、晴れです。
これくらいの方が、出かけるにはラク・・・


朝早く起きて、ホテルでローストビーフ丼をいただいて、徒歩で、烏丸通りを南下。
観覧の混雑状況がいまいちわからないので、様子を見ながら。

山鉾巡行のゴールに近い、御池通は、さすがにまだ人がいないので、そのまま南下して、スタート地点の四条烏丸の交差点へ向かいます。

予定では、9:00に四条烏丸をスタート。
四条通りを東へ進み、9:40に高島屋前の河原町の交差点で、辻回し(方向転換)して、北上。
10:35に御池通、京都市役所前で再び辻回しして、御池通を西へ進み、11:35に新町通りで辻回し。
南へ折れて、昨日の紫織庵前を過ぎて、三条通りまで、というルートです。





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四条通りに近づくと、すでに、曳山が勢ぞろいしているのが見えました。
交差点に見えているのは、先頭の長刀鉾でしょうか。





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待機中の曳山。

この平山郁夫画伯の胴懸は、孟宗山でしょうか。





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運よく、四条烏丸の交差点、北西の角に陣取ることができました。
待つことしばし。
期待とコーフンの入り混じる中、暑さのため、具合の悪くなる人が出て、救急車が呼ばれたりと、色々ありましたが、

”しめ縄きり”で巡行が始まり、ようやく、くじ取らず、一番の”長刀鉾”が出発です。





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山鉾や曳山は、現在の車のように、ゴムのタイヤではなく、木でできた車輪なので、直進はいいのですが、向きを変えるのが大変。
曳山では、だいたい重量が500kg〜1t、山鉾になると、7〜9tもある大きなもので、おまけに高さもあります。
それを、ささらと呼ばれる竹の板を強いて、水をまき、掛け声をかけながら、3度ほどに分けて、人力で、向きを変えていきます。
これが、”辻回し”と呼ばれて、その迫力が、山鉾巡行の中でも、人気のポイントです。

スタート地点では、思い山鉾は、直進で進めるよう、交差点の3つの辻に、巡行順に並んでいます。







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六番目の、”伯牙山”が待機中。





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長刀鉾、ゆっくり進みます。



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鉾先につけた大長刀をつけています。
くじ取らずとして、毎年巡行の先頭に立ち、生稚児の乗る唯一の鉾です。

元は三条小鍛治宗近の作が用いられていましたが、現在は、複製品を鉾頭と、疾病邪悪を払いながら進みます。
長刀の刃は、八坂神社と御所の方には向かないように、取り付けられているそうです。


進行先の、準備ができていないのか、ハプニングなのか、進んでは止まり。
止まっては、進み、となかなか難しいようです。








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コンチキチンのお囃子も賑やかです。









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山鉾の後には、付属物を持った人たち、が続きます。




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続いて左手から、二番目、山一番の”占出山”

御神体になっている神功皇后は安産の神様で、占出山の巡行のくじ順が早いと、その年はお産が軽いと言われているそうなので、今年は、当たり年ですね。

前懸・胴懸は、日本三景を描いたもの。




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曳山でも、向きを変えるのは、大変な作業です。





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ようやく向きが代わり、河原町方面へ出発。





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先ほども、見かけた、三番手、山二番は”孟宗山”

胴懸は、平山郁夫画伯の”砂漠ラクダ 月”





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反対側は、”砂漠ラクダ 日”

そして、後ろにかかっている”見送り”は、白綴地に墨一色で描かれた、竹内栖鳳筆の”孟宗竹林図”
獄彩色豊かな山鉾の中では、異色の作品です。




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四番目、山三番の”霰天神山”

欄干上に朱塗り極彩色の回廊をめぐらし、唐破風春日造りの社殿を安置しています。
前掛けは、16世紀にベルギーで製作された、”イーリアス物語”を描いた毛氈を用いていますが、傷みが激しいためか?ビニールでカバーされていて、よく見えませんでした。





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行列は、時々とまりながら、ゆっくりと進む上、烏丸通は、完全に通行止めではなく、時々、車を通すので、なかなか進みません。






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五番目のくじ取らずの”函谷鉾”

函谷関の故事にちなみ、鉾頭の月と山型は、山中の闇をあらわし、その下の真木中程の”天主座”には孟嘗君、その下に、雌雄の鶏を備えているそうですが、目が悪くて、よく見えない・・






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前掛けは、旧約聖書の創世記の場面を描いた16世紀末の毛綴で、重要文化財に指定されているものですが、現在かかっているのは復元新調されたものです。



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水引(お囃子の方のすぐ下)は、山鹿清華作の手織群鶏図、写真に見えている胴懸は、梅に虎を降りだした17正規の李氏朝鮮絨毯です。






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お次は、六番目・山四番の”伯牙山”です。

中国の周の時代、ことの名人伯牙とその友人鍾子期との物語に取材、伯牙が鍾子期の氏を聞いて、その琴の弦をたったという故事から、御神体は、手に斧を持ち、前に琴が置かれています。






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七番目は、傘一番の”四条傘鉾”

織物の垂りなどをつけた傘と棒振りばやしという、応仁の乱以前に起源をもつ古い鉾の形態である傘鉾の一つです。
傘の上には、御幣と若松を飾ります。
1871年(明治4年)以降絶えていましたが、1985年(昭和60年)、町内の人々の努力が実り、傘鉾の本体が再興、昭和63年には、滋賀県甲賀市の瀧樹神社で室町時代から伝わる”ケンケト踊り”を参考に、踊りと囃子が再現され、完全復活しました。






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八番目・山五番は、”芦刈山”

御神体の旧御頭は、1537年(天文6年)の康運策の銘のあるもので、その衣装は、重要文化財指定の山鉾最古ものもの。
現在の前掛けは、尾形光琳原画の”燕子花図”





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巡行は、続々と続きます・・






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by saguaro2 | 2017-09-17 22:24 | 京都・奈良 | Trackback | Comments(0)

サワロのつぶやき♪2 ~日本橋生活~より改題しました。


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