サワロのつぶやき♪2 ~東京だらりん暮らし~ saguaro2.exblog.jp

サワロのつぶやき♪2 ~日本橋生活~より改題しました。


by saguaro2
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沖ノ島展


友人がSNSで紹介していて、面白そうだなと思い日本橋高島屋で開催中の、"沖ノ島展"へ行って来ました。


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写真家の藤原新也さんの切り取った、神宿る島、沖ノ島。

沖ノ島は、つい先ごろ、宗像大社と共に世界遺産登録が決まったばかり。



昔から、神聖な島として、一般人が立ち入ることは許されず、そこで見知ったことは一切外へ漏らしてはいけないとされた神秘の島。
宗像神社の御神職が、365日祈祷しているそうです。



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船の接岸さえ拒むような断崖絶壁

玄界灘にポツンと浮かぶ孤島は、波が荒く、一週間も10日も接岸できないことは、よくあるそうです。




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鳥居を超えると、




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原生林の中を下り、




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その先にあるのが、沖津宮

17世紀中頃までは、自然崇拝していて、お社はなかったそうです。


人の立ち入ることの許されない、本殿の先の原生林の写真からは、静謐な空気が漏れ出しているようで、なんだか肺の中が浄化された気分に。






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宗像大社と沖ノ島の間にある、大島にある、沖ノ島遥拝所

沖ノ島がポツンと浮かんでいるのが、遠くに見えます。



世界遺産日に登録されますが、一般人立ち入りどころか、女人禁制の沖ノ島。
今後、すぐに拝観が許可されることはあるのでしょうか。

観光地化されて、俗世間にまみれてしまうのも、残念な気がしますし、いまのまま、孤高を守って欲しいなぁ。


なかなか九州に行くチャンスはないのですが、いつか宗像大社には寄って見たいと思います。


by saguaro2 | 2017-07-27 19:28 | 東京散歩 | Trackback | Comments(0)
引き続き、世界遺産"耦園"を見学します。



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西花園は、家族が暮らした、プライベートエリア




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中庭を中心に、建物が配されています。


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確か、際奥にある建物の前のお庭

漢字が、読めない・・




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未婚のお嬢さんの居室、という説明だったと記憶します。




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若いお嬢さんのお部屋らしい、優しいしつらえ





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こちらは、居間?



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この庭石は、太湖石でしょうか。



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カワイイ♡




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こんな柄も




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最初に入ったお部屋に戻って来ました。




耦園は、世界遺産に登録されている江南式庭園のなかでも、"拙政園"や"留園"といった有名どころに比べると、かなりマイナーなのですが、それでも十分見応えがありました。


またいつか蘇州を訪ねて、他の名園も訪ねてみたいと思います。



さて、またバスに乗り、上海へ向かいます。
















by saguaro2 | 2017-07-09 21:42 | 2017 CHINA | Trackback | Comments(0)
世界遺産に登録登録されている9つの江南式庭園の一つ、"耦園"へやってきました。


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え〜??ここ、バス入れるのっていう、細い橋を通ります。



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門を入ります。

この辺りの、門や橋は後から(かなり最近)作られたもののようです。(ガイドさん談)




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運河のほとり

ノンビリした風景です。





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世界遺産登録の碑




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こちらが入り口です。




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耦園は、清の雍正年間(1722〜35年)に、政務から引退した陸錦によった造営された庭園で、当初は渉園といいました。

その後、戦乱などで荒れ果てていましたが、療養の為蘇州に滞在していた沈乗成か、1876年(光緒2年)に再建した際、耦園と改められました。

元々が、ご夫婦の隠棲所だったということで、英語では、"The Couple's Garden Retreat"というそうです。



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園内は、假山を中心池の周りに楼閣と回廊が点在し客人をもてなすのに用いられた"東花園"と、家族が生活した邸宅部分のある"西花園"の2つのエリアに分かれており、その対比が見事です。



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門を入ってすぐの"偕隠双山"

お客様をお迎えするホールといったところでしょうか。





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右にあったのか、左にあったのか、はたまた正面だったのか・・

位置関係がわからなくなってますが、写真の撮影順に載せてきます。



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偕隠双山の裏手にあたる、"載酒堂"

英語表記では、"The Carring(Carrying?) Wine Hall"なので、ここでお客様とお酒を酌み交わしたのでしょうか。





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透かし細工の窓がステキです。




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石を配した中庭。



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建物は廊下で繋がれていたり、



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お庭の中に、独立していたり。




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書斎的なお部屋か?




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ロック・ガーデン、"假山"

太湖石ではなく、黄石を用いているのが特色なのだそうです。




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池の周りに、離れ、庵が配してあります。

右に見えるのが、"山水閣"、左は"吾愛亭"




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曲橋を渡ります。




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敷石が、こんなに可愛いモザイクに




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池のほとりの、"望月亭"



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外観はこんな感じ

お月見しながら、お酒でもいただいたんでしょうか。




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敷地の一番北側の縁に沿って、東から西まで建つ建物。
母屋にあたるところでしょうか。




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現在、カフェになってます。

こんなところでお茶したい、という母のつぶやきは、聞き届けられず。
(集団行動ですから)




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"藤花舫"



東花園を一回りしました。

























by saguaro2 | 2017-07-09 18:16 | 2017 CHINA | Trackback | Comments(0)
東洋のベニス・蘇州は、街中を縦横に運河の走る街です。

何より、その名を世界的に有名にしているのは、明代・清代に作られた江南式庭園で、運河の水を利用した美しい庭園は、うち9つが世界遺産に登録されています。

そのほか、中国の南北輸送を担った京杭大運河(大運河)に関連した施設や町並みとして、盤門と宝帯橋、山塘歴史地区、呉江運河古道が世界遺産に登録されています。




まず向かったのは、”虎丘”

市の北西部に位置する、呉王・闔閭が葬られた小高い丘で、元は海湧山と呼ばれていました。
闔閭の死後、この丘に埋葬された三日後、墓の上に白虎が蹲っていたという伝説から、虎丘と呼ばれるようになったそうです。

唐代になり、白居易が蘇州刺史となった際に、城門から虎丘まで運河が開削され、交通の便がよくなり、景勝地として知られるようになったそうです。





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正面に見えているのが、虎丘を代表する建築物、高さ47.7mの雲岩寺塔です。

八角七層のレンガ造りで、明代以降、地盤沈下により傾き始めた斜塔です。



かつて、(まだ登れた、ウン10年も前の話)ピサの斜塔に登った身としては、ぜひこの東洋のピサの斜塔も制覇したい、と楽しみにしていたのですが、見学はここからのみ。

え?山の上まで行かないんすか????


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周王の鼎のレプリカ






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かつて、ここが”海湧”と呼ばれていたことを記す碑



写真が、霞んでしまっているのは、お天気のせい、というより、空気中にの浮遊物が多くて、反射してしまっているせいかと思われます。(光化学スモッグ状態?)

この日は、かなり晴れていて暑かったですが、撮った写真は全て、こんな感じになっていました。




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ここから、運河を渡ります。




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白壁と黒瓦の昔ながらの家並み




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この辺りは、”山塘街”といい、山塘橋と望山橋の区間に延びる3.5㎞ほどの道です。

『長恨歌』を記した唐代の詩人・白居易が、蘇州刺史(長官)であった宝暦年間(825〜827年)に、蘇州城の
閶門と虎丘を結ぶ運河を開削と共に建設したもので、姑蘇第一名街と呼ばれています。




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この運河は、明清代に入ると、物資運搬路となり、山塘街も大いに栄えました。

その様子は、

  上有天堂 下有杭州
  杭州有西湖 蘇州有山塘

と謳われるほどでした。




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1985年以降、古い町並みの修復が進められ、2014年には、大運河の一部として、世界遺産に登録されています。




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無錫の大運河沿いと同じく、カフェや茶館などが並ぶ賑やかな界隈もあるようですが、我々が散策したのは、昔ながらの町並みの地区のようでした。
遊覧船も運行されいてるようなので、次回機会があれば、乗ってみたいと思います。





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さて、山塘街を散策です。

車が一台やっと通れるほどの狭い路地の両側に、家が立ち並んでいます。


・・ちょっと臭いが・・・




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古い塀が残っていましたが、ここは建物を取り壊してしまったようです。





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普通の民家。

この辺りは、古い土地柄なので、下水が完備しておらず、共同トイレ。
夜間などは、お家の中でオマルを利用しているとのこと。




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空いている戸口を覗いたら、床屋さんのようでした。

中から手を振ってくれましたが、さすがに、写真を撮るのはどうかな、と遠慮しました。






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果物やドライフルーツを売っている露店。

こういったお店は、あちこちで見かけました。






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この大きくて立派な建物は、



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”李鴻章祠”

李鴻章といえば、唐代後期、北洋艦隊を率いた軍閥。
日清戦争の全権大使といば、わかりやすいでしょうか。

ガイドさんの説明がよく聞こえなかったのですが、蘇州はゆかりの地なのか??
と、、調べてみましたが、中国語の資料しか出てここないので、判然とせず。

どうやら、彼の死後、故郷の合肥に埋葬されているのですが、その他に、上海・蘇州・杭州などにも専祠が建てられているとのことなので、その一つかと思われます。
それだけ、彼の功績が英雄視されているということでしょうか。




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暑いので、木陰が嬉しい・・





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こんな素敵な透かし彫りの門





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立派なお屋敷も並びます。




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うだつ??

場所場所によって、多少形の違いがあるのですが、大抵大きなお屋敷にあるところを見ると、立派なうだつをあげるのは、日本と同様、経済力を誇示するもののようです。




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大運河の水が滔々と流れています。

きっと、大昔から、この辺りの生活は大きく変わっていないのだろうなぁ。
悠久なり、中国大陸。





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奥へ長く続く路地





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変わらないようでいて、バイクと車は、やっぱり現代生活の必需品ですね。





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by saguaro2 | 2017-07-08 17:57 | 2017 CHINA | Trackback | Comments(0)
博物館を出て、再び船へ。



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すっかりあたりは暮れております。





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橋もライトアップ





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役人の家・・だったと思う・・




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ユラユラ



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お店もライトアップされて、賑やか。



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さて、元来たあたりで、船を降ります。

ハーゲンダッツ???
昼間から、ずっと暑くて、冷たいものを欲していたので、ここは是非寄りたいところ・・

だけど、集団行動にはそんな自由は許されないのでした⤵︎⤵︎





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賑やかな通り




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橋の上からの眺め



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今日はお祭りなのか?




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日常ので光景なのか?

たいへんな賑わいです。





兄曰く、この国はとにかくどこへ行っても人が多い、そうなので、わりかし普段の週末の風景なのかも。



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ユラユラ揺れるので、ピントが合ってませんが、風船売りのおじさんが持っていたバルーン。

どこかで見たことのあるキャラクター??











by saguaro2 | 2017-07-02 15:28 | 2017 CHINA | Trackback | Comments(0)
食事の後、オプショナルで、運河めぐりへ。


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再び、南禅寺。


土曜日の夕方だからか、昼間より賑わってます。





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この前の船着場から、




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船に乗ります。




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この運河、最初に開削されたのは三国時代の呉によってですが、その後、隋の煬帝により、北京から杭州まで、全長2500kmにも及ぶ大運河、"京杭大運河"として、整備されました。
完成は、610年です。




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運河の建設は、最初に開削された"通済渠"(黄河〜淮水)の工事に女性を含む100万人の民衆が動員し、5か月で完成するなど強引な工事を行い、後の人から暴政と非難され、人民に負担を強いて隋末の反乱の原因となりましたが、運河によって政治の中心地華北と経済の中心地江南、さらに軍事上の要地涿郡を結合して、中国統一の基盤が整備されることとなります。





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運河の開削により、中国全体の流通が増大し、隋の後建国した唐王朝はその最大の受益者となり、首都長安・洛陽の食糧事情を安定させ、空前絶後の繁栄をもたらしました。




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北宋の首都・繁栄した開封は、城内を運河が貫通しており、入り組んだ大小の街路には各種の飲食店や酒店などが軒を連ねるなど、その商業は隆盛をきわめ、当時の運河周辺の都市の繁栄の様子を活き活きと描いたのが、『清明上河図』なのだそうです。
(・・と、ここで、記憶が繋がりました!!)


  ⭐︎清明上河図については、こちらをご残照ください。→  北京故宮博物院200選



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この運河は、その後の歴代王朝でもおおいに活用され、現在も中国の大動脈として利用され、2014年世界遺産登録されました。



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英語名は、"The Grand Canal"です。




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運河沿いの古い建物は、レストランやカフェにリノベーションされています。
(こういうところで、食事したかったなぁ)




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途中、ルンバ?チャチャチャ?マンボ?(違いがよくわからん)を踊っている賑やかな広場も。



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日中は、なかなかの暑さでしたが、水の上は涼しくて気持ちがいい。




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かなり黄昏てきました。





by saguaro2 | 2017-06-28 23:26 | 2017 CHINA | Trackback | Comments(0)
上野の国立科学博物館で開催中の、ラスコー展に行ってきました。

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子供の頃、洞窟を発見した子供達の話を読み、暗闇に浮かび上がる壁画のくだりのところだけが、やけに記憶に残っていたのですが・・一体、何をどこで読んだのか、まったく記憶になし。

穴に落ちた犬(ロボ)を探して、子供たちが洞窟を発見したというエピソードは、フランスでは有名で、本になって読まれているそうです。



会場を入ってすぐに展示されているのが、洞窟の模型。
こんなに、大きくて長い洞窟とは、知りませんでした。


本物のラスコー洞窟は、現在保護のため、研究者でさえ入ることができず、詳細復元されたlascauxⅡを見学できるのだそうです。

そして、さらに、この展覧会用に、現在の科学の粋を集めてlascauxⅢが、会場に復元されています。


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身廊に描かれた"黒い牝牛"
2メートルもある大きな絵です。


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ライトで、隠れた線が浮かび上がります。



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泳ぐ鹿

2mの高さに描かれていて、梯子を使って描いたのではないかと推測されています。




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背中合わせのバイソン

2頭のバイソンが交差しているところが描かれていますが、手前のバイソンを濃く、奥のバイソンを薄く描き、遠近法が使われています。
明るい赤い毛の色から、春に描かれたことがわかるんだそうです。


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鳥人間など、謎がいっぱいの"井戸の場面"


クロマニョン人の描写力、デフォルメ力、ものすごく迫力があります。


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洞窟内で発掘された道具などから、クロマニョン人の生活が推測され展示されています。




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面白かった♪



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1931年(昭和6年)に竣工した、ネオ・ルネサンス様式の本館(日本館)
小倉強設計

空から見ると、飛行機の形をしているんだそうです。












by saguaro2 | 2017-02-11 16:31 | 東京散歩 | Trackback | Comments(0)

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"猿沢池"の南に広がる、旧市街"ならまち"

その歴史は、奈良時代に平城京の外京として整備されたことに始まります。
794年、平安京の遷都以後平城京の多くは風化してしまいましたが、外京は国家鎮護の仏教寺院が多くあったため、町を維持することができました。
その旧市街の南側4分の1程度が、元興寺の境内を中心とする"ならまち"界隈です。

江戸中期になると、猿沢池界隈が、お伊勢参りの宿場町として栄え、明治期から昭和時代には、ならの商業の中心地となります。
戦後、近鉄奈良駅周辺が発展するとともに、地域が落ち着いて、閑静な住宅地に変貌していきました。

1980年代に入り、若者が中心となって町づくりが始まり、現在は、古い町家をいかした個性的な店舗などに変わって、町が賑わいを取り戻しています。





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この格子は、古いものというより、バリとかのものを町家に合体しているのかしら?



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モダンなお蔵の、登録有形文化財の建物。




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格子の美しい町家。





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南都七大寺の一つ、"元興寺"
日本最初の本格的仏教寺院・"法興寺"が、平安遷都に伴い、蘇我氏の氏寺から官大寺に性格を変え、飛鳥から奈良へ移転して、元興寺となりました。

奈良時代には、東大寺・興福寺と並ぶ大寺院でしたが、中世以降衰退して、ならまちの極楽寺本堂と禅室(春日影向堂)に分かれました。


 
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1998年(平成10年)、ユネスコの世界遺産「古都奈良の文化財」の一つとして登録されています。



元興寺も外から見ただけだし、ならまちのお店も覗きたかったし。
心残りですが、お時間ですので、このへんで。




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ホテルへ戻り・・




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昼間のホテルは、お客様が出払っていて、また違う表情。




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バーの外で、ゆっくりとくつろぐ大人のカップルもいますね。



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自転車を返し、荷物をとったら、駅へ向かいます。




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近鉄奈良駅前の商店街(ひがしむき商店街)で、お土産と柏餅を買って、車内で食べました♪

ひがしむき商店街の名前の由来は、すぐ東側、断崖の上が興福寺の境内になっており、興福寺にお尻を向けないように、通りの西側だけにお店が作られたからだそうです。



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東寺の五重塔の五重塔が見えて来ました。
まもなく、京都駅です。



今回も、慌ただしい旅行でしたが、2泊3日、京都・奈良を堪能しました。
長々と綴って来た旅行記もこれにて終了です。

お付き合いありがとうございました。














by saguaro2 | 2016-10-06 15:55 | 京都・奈良 | Trackback | Comments(0)
自転車に乗って、再び興福寺へ。

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南円堂

手前の礎石は、廻廊があったところでしょうか。
ただいま興福寺は、中金堂を再建中で、若干、工事現場的な殺伐とした感じ。




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八角円堂の”南円堂"

813年(弘仁4年)、興福寺を氏寺とする藤原氏の中でも、摂関家として力を強めた北家の祖・藤原冬嗣が父内麻呂の冥福を祈って建立しました。
構築の際に、地鎮のために、和同開珎や隆平永宝を撒いたことが発掘調査で明らかになっています。
また、この儀式には弘法大師空海が深く関わったと伝えられています。

現在の建物は、4度目の建物で1789年(寛政元年)に再建されたものです。





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堂内には、いずれも国宝の、不空羂索観音菩薩像、四天王像が安置されます。





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北円堂 特別開扉中♪




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こちらも八角円堂の、"北円堂"

日本に現存する八角円堂のうち、最も美しいと賞賛されています。

興福寺の創建者・藤原不比等の一周忌にあたる721年(養老5年)に、元明太上天皇と元正天皇が創建しました。
伽藍の中では、西の隅に位置していますが、ここからは平城京を一望のもとに見渡すことができる一等地で、平城京造営の推進者であった不比等の霊を慰めるのには最良の場所でした。
(現在は、樹が伸びて見られないようで、タモリさんは中金堂の足場から展望していました)

現在の建物は、平安末期に被災して、1210年(承元4年)に再建されたものです。

堂内のご本尊・弥勒如来、法苑林・大妙相菩薩像・無著・世親菩薩像、四天王像(いずれも国宝)が安置されています。


国宝の宝庫・興福寺、全国宝の12%を所有しているんだそうです。





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奈良を象徴する、興福寺の"五重塔"

730年(天平2年)
730年(天平2年)、不比等の娘である光明皇后が創建しました。





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南円堂の方へ戻り、急〜な階段を下りて、猿沢池方面へ

もちろん、自転車を降りて降りましたが、なかなかの握力を必要としました。




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断崖下から見る、南円堂

ブラタモリでやっていた通り、興福寺を境に、断崖になっています。
思えば、天皇のいらっしゃる平城京を見下ろす高台に氏寺を建てるなんて、不遜ですね〜、藤原氏。
それだけ、摂関家として勢力を誇っていたということですね。





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そして、その断崖下にひっそりと建つ"三重塔"

実は、興福寺には何度も来ていますが、五重塔の存在しか知りませんでした。

1143年(康治2年)、崇徳天皇の中宮が創建しましたが、1180年(治承4年)に被災し、鎌倉時代に再建されました。
北円堂と共に、興福寺最古の建物です。
高さは、19.1m


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この五重塔と三重塔、8月26日〜10月10日、開扉しています。

いいぁ〜。見たい♪



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猿沢池の畔を走り、"ならまち"方面へ向かいます。








by saguaro2 | 2016-10-06 15:47 | 京都・奈良 | Trackback | Comments(0)
多賀神社のお隣の、"藤浪之屋"にて、本来は、2月の節分と8月14・15日に行われる“万燈篭神事"を再現しています。


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灯籠に灯がともって、とても幻想的な美しさ。



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灯を入れることで、灯籠の細工の細やかさが際立ちます。

この世ものではないような美しさに、しばし時を忘れます。


お社中の、3000基もの灯籠に一斉に灯が灯ったら、さぞ美しいことでしょう。




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内侍門か、清浄門から外を覗いて撮った写真。

左手に見える建物が"酒殿"で、春日祭に必要な神酒を調整するところです。
殿内には、お酒の神さま、酒弥豆彦神と酒弥豆売神が祀られています。

この左手には、神饌を調整する"竈殿"もあります。



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宝庫と西廻廊の間を抜けます。



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一段高いところに、中門が見えます。




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現在、神さまが仮にお住まいになっておられる御仮殿参拝所



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大きな御神木は、何の樹なのだろう?



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直会殿の屋根に、樹がめり込んでいるところが、いかにも自然と共存する春日大社です。




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お節句なので、菖蒲の花が挿してあります。




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鹿の形の絵馬。


後で知ったのですが、おみくじも、鹿の形をしているそうです。




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直会殿のお隣には、鎌倉時代に近衛家から献木されたと伝わる"砂ずりの藤"の古木があります。





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藤の花の季節だからか、巫女さんたちが、前髪に藤の簪を挿しているのがとてもステキだったのですが・・

写真を撮らせてくれとも言えず・・チャンスもなく・・




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今年のJR東海のキャンペーンのポスターが、春日大社だったので、このアングル狙ってたんですが・・

中門前のこの位置に、藤の木ありませんでした。


プロの技ですな・・




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廻廊外に出て・・




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阿倍仲麻呂の歌碑が。

この歌に詠まれていた"みかさやま"って、"御蓋山"のことだったのね、と開眼。

恥ずかしながら・・百人一首の取り札"みかさやま"としか、記憶してませんでした。


遣唐留学生として唐に渡り、科挙に及第して、玄宗皇帝にも仕え出生した仲麻呂ですが、再び日本の土を踏むことなく亡くなります。
かの地で、思い出す故郷の風景は、御蓋山の風景だったのですね。





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紅葉の青が朱に映えて美しい。




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風に揺れる藤の花を撮るのは、なかなか難しい・・




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行きに通った参道ではなく、近道を通って、二の鳥居へ。



時間があれば、若宮や萬葉植物園も回ってみたかったのですが。
また次回に。


再び、自転車に乗って、興福寺へ〜♪





by saguaro2 | 2016-10-06 14:36 | 京都・奈良 | Trackback | Comments(0)